「文化的教育のすすめ」を提言したい。
福沢諭吉「学問のすゝめ」では、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」が有名だが、引用によると以下の通りである。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。
人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。
その違いは何だろう? それは甚だ明らかだ。
人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。
人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ」
Wikipediaより
学問については、世のママ達は重要だとわかっている。
しかし、一歩先に進んで考えてみよう。
たまたま偉い先生方が発表された記事を読んだ。
文化的再生産をめぐる経験的研究の展開
https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds/97/0/97_125/_pdf
文化的再生産に関する議論を受けて,日本の教育を対象に展開された経験的研究をレビュー。
より隠蔽・正統化された形で社会的地位および階級・階層構造の再生産~
その過程には, 家庭や学校の教育が深く関わってくる。
という内容で、まさに福沢諭吉のいうことに繋がっている。
天は人の上に人を造ってはいないが、学ばなければ下人となる、ということか。
よく、家庭の経済的文化的状況が学力に大きな影響を与えると言われる。
勉強は学校や塾でも行われるので、ほっておいても子供自身で何とかするだろう。
そこで、家庭での「文化的教育のすゝめ」を提案する。
これから我が子に、文化資本の文化的素養を強化してはいかがだろうか。
文化資本
金銭によるもの以外の、学歴や文化的素養といった個人的資産を指す。
Wikipediaより
文化的素養も、学校でもちょっとは勉強するが、
国語、社会、数学、理科、英語 の5教科以外は軽視させがちである。
家庭で行わないとなかなか身につかないのだ。
具体的には、
①リビングに本棚を置き、中身を充実させる。
・辞典
・ベストセラー等、読んでほしい本
・子供が興味持ちそうな本(ライトノベルなど)
・世界地図・地球儀を本棚近くに貼る、置く。
②映画館に連れて行く
・ランキングトップなど流行ものでいい
・よくある恋愛ドラマは不要
③劇場・コンサートに連れて行く
・ランキングトップなど流行ものでいい
④美術館・博物館に連れて行く
・日本・海外美術 問わず、行列のできる人気ものでいい
「お金がかかる」と思われがちだが、本はBOOKOFFなど古本でいいのだ。
映画の日(毎月1日)1,000円で、劇場・美術館・博物館は前売り・割引・ネット販売を狙う。
塾代に比べれば、安いものだ。
伝記モノや教訓モノを子供に与える方が良いのでは?と思われるかもしれない。
それらが好きな子供ならOKだ。
しかし基本は、ベストセラーや流行モノで良い。
2つ理由がある。
・ベストセラーということは「一流(=皆が認める)に間違いない」からだ。
・流行を経験するのは、子供にとって「気持ちがいい」からだ。
「文化的素養」が本当につくのか?と思われるかもしれないが、
子供のころに経験したこと・馴染んだことは、大人になっても記憶のどこかにあるものだ。
大人になって趣味としてたしなむかもしれないし、もしや才能を開花させることも。
さて、
①リビングに本棚を置き、中身を充実させる。
②映画館に連れて行く
③劇場・コンサートに連れて行く
④美術館・博物館に連れて行く
以上は基本である。余裕があれば以下も検討してほしい。
⑤お茶会・華道・琴や尺八など日本の文化的行事を体験させる
・ママ友の中に詳しい人がいるかも
・市の催しや文化会館で、安価で開催していることも
⑥海外旅行に連れて行く
・できれば中学生以上で 部活の合間に何とか日にち決める(幼稚園時代は意味ナシ)
・世界遺産などテーマを決めて(リゾートは不要)
著者の経験で恐縮だが、意味ナシかと思われるのもあったことを告白しておこう。
③劇場・コンサートに連れて行く・・・途中で寝る
欄外だが、水族館に連れて行く・・・興味ナシで早く帰りたがる
後から思うと、文化祭では演技力ゼロだし、高校の生物は興味ナシだったので、子供たちは元来興味ない分野だったのだ。
「なるほど」としか言いようがない。
ただ、海外旅行は楽しかったようで、英語力は飛躍的にアップし継続している。
TOEICは子供たちのキャリアを左右するので、英語キライにならなかったのはホッとしている。
子供たちは、経験が楽しければ意味アリなのだ。
楽しいのが一番だ。
それを見つけるにも、いろいろ経験させていき経験値をあげることは、意味アリであろう。
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偉い人の言葉には耳を傾けよう。
福沢諭吉、
人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となる
著者含めて一般庶民にとって、子供たちを「経済的貧困」に陥らないためにも、一般学問は必須である。
さらに文化的教育をおススメするのは、大学生・大人になって「文化的貧困」に陥らないためでもある。
どういうことか?
それなりの環境になると、勉強以外で「デキル」人が存在する。
「デキル」人とは、ロジカルシンキング(論理的思考)や、芸術的センス、コミュ力が高いなど、生まれつきの能力にプラスαされた人々。
これらも、後天的に追加はできる。
文化的教育もその一端を担っている。
例えば、高偏差値大学で違いを感じるのが、文化的素養があるかどうかだ。
勉強だけしてきた学生と、文化をたしなんできた学生には、確実な差がでる。
ちょっとした会話で顕著にあらわれる。
それでも人間関係に問題はないが、子供が自信を失う場面もかなりあることを明記しておこう。
著者はもともと文化的教育が好きだったので、色々と経験させたつもりだったが、それでも言われたことがある。
「もっとロジカルシンキングを鍛える教育をしてほしかったな。」
ん?なんと?
「デキル友達は、アメリカでロジカルシンキングを鍛えた。」
いやいや、帰国子女と純ジャパを一緒にしないでほしいが・・・
しかし、色々な経験をさせたことは感謝しているようだ。
友達との会話にも、過去の経験が少しは役に立っているようなので。
福沢諭吉 無学なる者は貧人となり下人となる
文化的教養においては下人とはなっていないようだ。
以上、子育て経験から「文化的教育」をおススメする。
これは、後天的に鍛えれるものなのだ。